【校長雑感 3月1日】第62期生の卒業を祝して
正門を通り抜けると、明治以来、百有余年の本校の歴史が現れます。
草かぐわしき道、京都農学校蔵持山植林事業の碑、京都酪農業協同組合発祥の地、京都農業の校門、校訓碑、玄関前庭園、フェニックス。
『天を貫く 対のフェニックスに 風光り 歓喜あふるる 三歳しのばゆ』
京都平野一面、春の息吹溢れる今日のよき日(略)
さて、一昨年の米国リーマンショック以来の世界同時不況やドバイショック。その後、世界経済は立て直しの成果が見えてきましたが、日本では未だ、デフレスパイラルの流れが止まっていない様相であります。このような経済状況の中、行高生の持つ気概としては、「悪戦苦闘能力(立花隆氏)」、「行高マインド」この二つが必須であろうと思います。
悪戦苦闘能力とは先の見えない経済不況や雇用不安など閉塞感に覆われた現況に、毅然と対峙していく原動力が悪戦苦闘能力です。この能力を付ける為に本校生がしなければならない必要不可欠な行動は「思考」、立ち止まり深く考えることです。諸君もよく知っている「論語」という書物に「子のたまわく、学びて思わざれば則ちくらし。思ひて学ばざれば則ちあやうし」というのがあります。(略)
また、ドイツの哲学者、カントは「知識は経験とともに始まるが、深く考えることがなければ、何も見えないのと同じだ」と言い、孔子とカントの言葉は一致するところがあります。つまり、「思考」、立ち止まって考える、自分で考えるということが大切だということであります。(略)
諸君のこれからの人生には選択しなければならぬことが起こります。悩み、迷うこともあります。そんな時は時間をかけ自分で考え決めることです。なにより大切なのは、思考、考えることです。悪戦苦闘能力、それは思考であります。卒業生諸君には、実業界に出て起業家精神を発揮し、皆さんの持っている夢を必ず叶えてほしいものです。本校で学んできた3年間の教育を基盤にして、今後活躍する実業界でこの悪戦苦闘能力を発揮してほしいものです。「百尺竿頭一歩進めよ」の気で頑張ってください。
もう一つの行高生に持ってほしい必須のものというのは、諸君がいつも持ち続けている「行高マインド」です。屈託のない、明るい爽やかな笑顔を持った行高マインドです。卒業して社会に出てからも、母校を思う気持ちを核にした行高マインドです。みんな、行橋高校が母校です。行高マインドの基本は、明るい挨拶であり素直さであります。
さて、平成3年は、本校が行橋高校と改称し、家庭科、商業科、農業科という3つの大学科を持つ福岡県下有数の、実業界で羽ばたく専門高校になった年です。皆さんの一歩一歩の足跡は、そのまま行橋高校の歩みであります。卒業生諸君の人生と行橋高校の歴史は重なり、将に君たちの将来は行橋高校の未来でもあります。
正門を通り抜けると、明治以来、百有余年の歴史が現れます。草かぐわしき道。
「草茫々 汗りんり 雲悠々」(略)
5.徹底と継続
10ヶ月ほど前、サブプライム問題やリーマンショックから米国発世界不況が発生しました。そしてついに6月1日米国GMの一時国有化、経営破綻が起こりました。日本経済も少なからず影響を受けており、高校生も一人一人の進路に対する意識が増してきております。我が国では現在、若年者の雇用問題について、就職環境が厳しさを増し不安定就労者や若年無業者が多くなっていると言われています。就職できない。就職したけれどもやめてしまう。いったい何が足りないのか。キャリア教育でよく指摘されていることに「社会性の欠如」ということがあります。社会人としての基本的な心構えやマナーを身に付けていないという実態があると言われております。
大切なことは、挨拶に代表されるコミュニケーション能力と、高校生に今一番ふさわしくて似合う制服の適切な着こなしであり、この二つは基本中の基本でもあります。今、学校教育では、社会のビジネスマナーの基本を自分のものとする学習が求められていると思います。挨拶、服装、そして、してはいけない「ダメなものはダメ」というルールを習得することが必須ではないでしょうか。その基本から地道に一歩一歩進めていく「徹底」と「継続」の教育が公教育に求められています。
@ 元気のよい挨拶ができること。
A 高校生に今一番ふさわしくて似合う、その学校の制服を適切に着こなすこと。
B 「ならぬことはならぬものです」を肝要と考えること。 │
【校長雑感 平成22年6月21日(月)夏至】 行橋高校文化の濫觴
昨年のドバイショックを経て、ユーロ圏にあるギリシャの財政危機による世界経済の腰折れ懸念が広がり、ドミノ倒しの恐怖が再燃してきたと伝えられています。日本では円高傾向が続き雇用も厳しい状況、日本経済は外需依存度が高く景気の二番底シナリオが再び浮上するのではという可能性も言われています。
本校でもここ数年来、日本経済の萎縮の中で求人数は厳しさを増しています。例年同様、就職のための学力向上やマナー習得は勿論でありますが、就中、「就職に対する生徒個々人の意識を同じ大きさのベクトルにする」という重要な取組があります。一学年からのキャリア教育の徹底だけでなく、授業や検定、資格取得、サポート講座、部活動等についても、「有言実行」の持つ言葉の問題だけでなく、進路指導アプローチからの「意識改革」がいま将に必要になっております。
ニーチェの『曙光(しょこう)』という本に「脱皮できない蛇は滅びる」というのがあります。ニーチェは、日本で言えば明治初頭に活躍したドイツの哲学者です。「蛇が脱皮を繰り返して成長するように、人も絶えず古い殻を捨てていかなければ進歩はない。脱皮にはタイミングがあって、それは脱皮を試みる本人しかわからない。誰かが脱皮を助けることも可能だが、本人が脱皮したいという強い意志を持たなければ意味がない。しかし、脱皮には恐怖が付きまとう。それは新しい自分になるということであり、その新しさを得るために、それまで築いてきた愛着のある衣を捨てるという行為だからである。しかも、新しい自分のほうがこれまでの自分より、よいかどうかは実際変わってみるまで誰にもわからないのである。また、自らこれを決めて変化するということは誰にとっても怖いことだからこそ、変化の結果として得られるものに希少性が生まれる可能性がある。」
平成三年四月一日に本校は「百年の歴史と伝統を誇る農業高校」から新たに「商業・家庭科・農業の三大学科を持つ専門高校」に変わり、校名も地域と同名「行橋高校」になりました。爾来二十年を迎えようとしています。いま将に、行橋高校にとって「脱皮」を意識する大きな時機であると思います。
まず挙げたいのは、今年、本校では三年生全員で取り組んでいる「連歌を詠む」行事があります。連歌はもともと平安時代末期から発展し、室町時代の宗祇(そうぎ)により大成した、和歌と並ぶ日本古来の伝統文化であります。五七五(上句かみのく)と七七(下句しものく)を幾人かで次々と重ねて詠むものです。また一方、大坂城の石垣で有名な沓尾松山公園の整備という行政や学術機関も力を入れている文化遺産保護にも本校生が関わっています。この地方で、古来からの重要な文化活動に、行橋高校の生徒が携わっています。
次に挙げたいのは、今年、本校のビジョンの一つに挙げた「時を守り、場を清め、礼を正す」ことです。まず、「時を守る」とは時間を守ること、遅刻をしない、約束を守ること、そして、その継続により生徒自身の信用が増すと同時に、行高生にとってそれは相手を尊ぶ気持ちの現れであり、相手を尊重することでもあります。「場を清める」は、掃除をきれいにするということです。トイレ掃除を続けている「日本を美しくする会」の鍵山秀三郎氏(イエローハット取締役相談役)は「ひとつ拾えば、ひとつだけきれいになる」と言い、「ゴミを目にしたら、腰をかがめてサッと拾う。この実践を続けているだけで、気づきに対する直感力が研ぎ澄まされています。同時に突発的な問題に対する判断能力が高まってきます。」と言っています。「礼を正す」は明るい挨拶をする、返事をする、服装を正すことです。行高生の持っている屈託のない元気な明るい「行高マインド」を発揮することであり、本校の生徒が一番似合っている本校の制服の適切な着こなし。これも行高生自身の信用を増すことであり、換言すれば本校生の自尊感情にも繋がるものでもあると思っております。
基礎基本を重視した学力や学ぶ意欲を育み、存在感ある学校行事や部活動に積極的に参加し、自尊感情を持つ生徒を育成する、これが本校の教育方針『実践力を持った産業人を育成する』になると思っております。昨年提示した会津の子どもたちの決まり「什の教え・・ならぬことはならぬものです」の本校での次のプロセス提示であり、ビジョンの遂行、「脱皮をする」ことによって、畢竟、行橋高校の学校文化の濫觴、延いては周防灘文化の濫觴となるのではないでしょうか。